非モテサバイバル

相手がいなければどうということはない

2つのキャラを演じ分ける程度のはあちゅうは、ラノベ作家以下


私は「はあちゅう」というキャラを演じてるだけ--彼女が2つの顔を使い分ける理由とは? | ログミー[o_O]

あっ、はい・・・そうすね・・・

はあちゅう:別に演じているわけじゃないんですけど、はあちゅうっていうのはキャラクターだと思っていて、だから結構本人とギャップありますね、みたいなことはリアルによく言われるんですけど。 

まぁ、チェリー凸も編集長をはじめ複数の関係者が創作したキャラクターで、それに基づいて書いてますし。そんなもんじゃないですかね。

はあちゅう:私はわりと部活でも、電通とかでも体育会系で仕込まれてるので、リアルでは、そんな失礼はしてないと思うんですけど。 

いやいやいやいやいやいやいやいやいやいや・・・それはナイw

 

実は、複数回、マジメなビジネスシーンおよびビジネスパーティで会っているのですが、はあちゅうはきっと記憶にすらとどめていないでしょうね。ビジネスマナーとして儀礼的な挨拶すら、歯牙にかけない態度でしたので。そのうちの幾つかは、主催者に近い位置で重要なポジジョンでしたので、感の良い方はわざわざご挨拶に来て頂くというこちらが恐縮するような対応もして頂きましたが、誘蛾灯のような表面的に派手に見えるポジションに吸い寄せられてゆく人も多いですよね。

 

角田:キャラ付けって、それこそ良いですよね。うちのテレビ業界でいうとADっていう新人が入ってきて、なんか仕事できないっていうキャラでも良いから、キャラが付いたほうが結構仕事が上手くいくというか。

はあちゅう:覚えてもらえます。

キャラ付けの重要性は確かにあります。ADとかそういうTV業界とかだけじゃなく、普通の会社でもそうですね。Mac好き、iPhone好きなキャラだと、iPhone発売日に徹夜で並んできます〜と有給とっても自然に受け入れられますし。アイドルとかアニメとか好きなキャラでいると、このキャラ(アイドル)好きだったですよねーとノベルティグッズをもらえたりします。

 

それ以外に、コミュニティとかクラスターでキャラ付けしたり自分の中のどの面を強く出すかを変える事だってあると思います。与えられたポジションに応じて、子供だったり、夫だったり、母だったり、恋人だったり、社長だったり、悪役だったりというペルソナを演じることもあるでしょう。

 

そもそも、小説家などは複数のキャラクターを描き分けるのです。脚本家もそうでしょう。役者なども自分が経験していないキャラでも演じることができます。2つの顔を演じ分ける程度では、ラノベ作家以下です。

 

伊藤春香では言えないことでも「はあちゅう」なら言える

これで、無礼な振る舞いができるとか、反感を買うような事も言えるとかというのでは、伊藤春香でネコかぶっていた事を、はあちゅうで発散させているに過ぎません。

 

電通のときはコピーライターとしての伊藤春香と、はあちゅうとしての社外活動している私とが全く折り合いがつかなくて、すごくバランスが取れなくて悩んでたんですけど、トレンダーズに入って一致したんですね。

そう、それで、猫かぶりの伊藤春香と失礼で反感買う事を言い放題のはあちゅうが一致してしまったと。素の状態でもはあちゅうがにじみ出てしまうようになったという事ですね。わかります。

 

企画を提案する際にありがちな「大企業病」

角田:これ電通とは言わないです。言わないんですけど、博報堂さんとかADKとかいろんな広告会社さんの方々とよくお仕事するんですけど、例えばクライアントさんに話を持って行くときって3案作ってくれとか言うんですよ。

まぁ、なんというか、大企業からベンチャーを経てフリーランスになったというのを強調する意味で「大企業病」的なエピソードを入れたかったんでしょう。ちなみに、業界上位3社ともおつきあいがあり、提案も(受注も)してますが、プレゼンの要望に応じて複数提案する場合と、1案で勝負の時があります。相手もプロです。「大企業病」と一断して反発するのはルサンチマンの発露なんじゃないですかね〜

 

マジレスするならば、「型破り」は、型があってこそという使い古された言葉もあるくらいで、基礎ができている上でその上を行く、想定外のアイディアを出すのであれば良い企画なんでしょうけれど、知識も経験も足りないのに小手先の知識と技術で無茶な事やって炎上させるのはマーケティングアクティビティとしてどうなんでしょうと言う事です。

 

まぁ、はあちゅうの行く末に責任を持つ立場でもないので、非モテオッサンの戯れ言はスルーして頂ければと思います。